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ダイエットに関しては、冷静に科学的に考えたほうがいい

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運動してダイエットは、理屈に合わない行為

 

なぜなら、必要以上に食べて、その分を、無駄な運動で減らすのだから、どう考えても理屈に合わないことはわかってもらえると思う。

 

必要以上に食べなければ、そもそも無駄な運動は不要。

 

好きで運動するのは、問題ない範囲であれば問題ないだろうけど、それはまた別の話。

さらに言えば、そのような人であれば、そもそも、食事は管理するだろうし。

 

さらに、スポーツ選手の運動も全く別の話。

 

なぜ必要以上に食べるのか

 

一言で説明すると、「慣習」と「習慣」の影響。

 

そして、おそらくは、影響が強いのは、「慣習」のほう。

 

習慣というのは、意志によって行うことなので、意志によって変更しやすい。

ただ、慣習というのは、思考停止によって行うことのため、変更できにくい。

 

そして、慣習の中には、非科学的なものも多い。

そうなると、どのようなことが起きるかは、考えるまでもないだろう。

 

ピンとこないかもしれないので、表現方法を変えて説明すると、

 

習慣というのは、論理的判断で決定すること。

慣習というのは、論理的判断や科学的な判断を放棄した状態のこと。

ただ、悪い習慣になってしまうと、慣習と大差ない場合も多い。

 

論理的判断や科学的な判断を放棄した状態ということは、物理的にどのような悪影響が出るか容易に想像がつくと思う。

 

なぜ、このことを、懇切丁寧に説明したのかというと、実は、ダイエットがうまくいかない根底には、この慣習と習慣の影響が潜んでいるから。

そして、その影響に、気づいていない人が多すぎるから。

 

最初に、この現実を把握しない限りは、何をしても無駄になってしまう。

 

環境の影響

 

日本にいた時は、普通の体形だった人が、とある国にホームステイによる留学をしたら、激太りしてしまうという例がある。

どの国かは、あえて書かないけど、想像はつくだろう。その、想像通りの国。

 

そして、激太りしたその人は、留学を終えて日本に帰ってきたら勝手に元の体形に戻ってしまった。

 

環境というのは、意外と、あっさりと、体形に影響を与える。

 

そして、その環境の根底にあるものが、慣習と習慣だと思う。

 

丁度いい体系を維持するために、必要なことは適切な食事のみ

 

これは、誰でもわかる程度の話。

 

適切なバランスの、野菜、肉や魚、炭水化物などを、適量、摂取すること。

 

「適切なバランス」と「適量」というのが重要。

 

まず、そもそもの話、やせる必要性は全くないことに気づいたほうがいい

 

必要なことは、健康体でいられる適正体重を維持すればいいだけ。

 

だから、やせる必要も、太る必要もない。

 

適正体重であればいいだけだから。

 

適正体重とは何なのか

 

丁度いい量の食事をして、結果的に落ち着く状態のこと。

 

つまり、食べすぎもせず、食べなさすぎもしない状態のこと。

 

そして、その当たり前を阻んでしまうのが、上記の通り、慣習と習慣、そして、それを根底においている環境。

 

このあたりで、何となく、わかってきた人もいるだろうか。

 

速い話、肥満は食べすぎが原因

 

つまり、食事を適量にすれば、何もしないでも、勝手に適正体重に落ち着いてくる。

 

ようするに、食べたくないのに無理して食べるのをやめればいいだけ。

 

人は、なぜ、食べたくないのに無理して食べるのかというと、

いろいろ理由はある。

何となくの場合もあれば、ストレスによるものもある。

そして、慣習と習慣の影響もある。

 

脂肪の量はトータル摂取カロリーで決まってくる

 

トータル摂取カロリーを、自分の適正値にすればいい。

 

丁度いいカロリーは人それぞれ違っている。

さらに、人種によっても違ってくる。

例えば、欧米人は、筋肉が多いため体温が高くなり、トータル摂取カロリーも多くなる。

つまり、日本人は、欧米人の食事をそのまま食べてしまうと、普通の量でもカロリーオーバーになる。

食の欧米化は、このように、わかりやすく物理的に肥満に直結している。

ただ、欧米の食事をするのが悪いというわけではない。

日本人の場合は、量を少しだけ減らさないといけないだけ。

 

おやつをどうしても食べたい人がいたとする

 

実は、おやつを食べること自体は、さして問題はない。

問題は、一日のトータル摂取カロリーに、おやつの分を含んでいないこと。

だから、おやつを食べたい人は、その分、食事の摂取カロリーを、おやつの分だけ減らせばいいだけ。

全部削る必要は全くない。

おやつの分だけ減らせばいいだけ。

 

さらに、おやつは、炭水化物、脂質、糖質が主なので、その部分を比較的大目に減らすことで、栄養のバランスも丁度良くなる。

おやつは、あくまで、栄養源であり、物質である以上、体にとっては、物質としてカウントされる。

だったら、そこのバランスを取ればいいだけ。

 

こんな簡単なことを阻んでいるのは、やはり、上記の通り、慣習と習慣。

 

食事を自分でコントロールできない状況の場合

 

この場合は、対処は難しい場合も多い。

 

うまいこと協力してもらいながら要領よくやるしかないと思う。

 

ただし、協力してくれないといけない人が、上記の通り、慣習や習慣に囚われている場合は難しいと思う。

 

「食事を残さない」という考え

 

「食事を残さない」という考えは、押し付けないほうがいい。

日本では、この考えができてしまったせいで、結果的に、肥満が増え、成人病が増えてしまった。

 

正解は、「食べ物を残さない」ではなく、「最初から適量の食事をする」だと思う。

 

「食べ物を残さない」という考えが生まれた理由は、食べ物を無駄にしないという考え方を広める目的があったのかもしれない。

ただ、これは、論理的に考えると変だと気付くはず。

 

物理的には、

「食べ物を残さない」ことは、食べ物を無駄にしないこととは、何の関係もない。なぜなら、消費することには変わりはないから。

わかりやすく表現すると、適量以上の肥満につながるだけの無駄な食糧が、胃袋に入るか、ゴミ箱に入るかの違いしかないということ。

 

現実的には、「最初から適量の食事をする」ことで、食べ物が無駄にならない状態となる。

 

この説明で、「食べ物を残さない」がトンチンカンな発想であると、気づいてもらえただろうか。

 

これも、間違った習慣、又は、慣習。

これに関しては、習慣と慣習の中間くらいだと思う。

 

慣習に囚われている人

 

慣習に囚われている人は、

 

もう少し、自分の頭で考えたほうがいいと思う。

 

なぜ、ダイエットに関しては、冷静に科学的に考えたほうがいいのか

 

それは、人間が、ロボットではないし、空想上の生き物でもないから。

 

人間は、あくまで、現実に存在している生命体なので、科学的に対処しないと打つ手はない。

 

 

もっとも、馬鹿馬鹿しい考え方

 

上記の通り、運動して痩せるというのは、本当に馬鹿馬鹿しい考え方だとわかると思う。

 

ただその中でも、一番、馬鹿馬鹿しい考え方は、おなかが出てきたから、腹筋をしてやせるという考え方。

 

トータル摂取カロリーが、適正値より大きいため太る。

その結果、おなかが出てきたのに過ぎない。

 

つまり、おなかだけ鍛えても意味がない。

もし万が一痩せても、おなかだけやせた、ぶよぶよの変な体系になるだけ。

 

やせるのなら、全身でないといけない。

 

このような人は、太っても、腹筋をすれば、やせられるという、妄想に浸っている状態。

現実が見れていない状態。

つまり、現実逃避をしているだけ。

無意味。

 

必要な物質だけを摂取しているだろうか

 

例えば、体が水を求めているときに、なぜか、糖質を一緒に取っていないだろうか。

 

体が求めているのは、水であり、糖質ではない。

 

つまり、必要な物質だけをとればいい。

 

人体は、あくまで、物質であり、細胞の集まりでしかない。

つまり、物理的な対処がどうしても必要になる。

 

物理的に対処しないといけない。

 

物理的な対処をしないで、体が求めていない糖質をとれば、体のバランスは、物理的に崩れる。

 

ダイエットと食事と運動のバカバカしい現実

 

おそらくは、運動の部分が納得いかない人がいると思うので、わかりやすく説明。

 

まず、運動をして、食事を変えない人は、全然やせない人が多いと思う。

なぜかというと、それは、運動ではなく、運動もどきであり、言うなれば「自称運動」にしかなっていないから。

だから、効果がない。

 

そして、ライザップでは、どうだろうか。

ライザップは効果が上がりやすい。

そして、ライザップで行っていることは、自称運動ではなく運動のほうであり、食事の管理もきっちり行う。

そのため、効果が上がりやすい。

 

そして、力士はどうだろうか。

力士は、運動ばかりしている。

ただ、運動で消費するカロリー以上の食事を常にするため、体が大きくなっていく。

これが力士。

 

ラグビー選手も同様だけど、ラグビー選手の場合は、力士より筋肉の割合が多いと思う。

いずれにしても、運動しても、体は大きくなる。

 

そして、食事を適量にして、運動をしない人はどうだろうか。

ご存知の通り、いつまでたっても、一向に太る気配がないはず。

これが食事を適量にする人の結果。

 

そして、もう一つのパターンがあって、それは、

好きなスポーツができた結果、運動量が結果的に増えて、勝手に痩せてしまうパターン。

このパターンもある。

ただし、このパターンは、やせるのが目的ではなく、好きなスポーツができた結果、勝手に痩せただけ。

さらに、スポーツを本格的に始めると、重い体が億劫になるため、自然に、食事にも気を使う場合もある。

さらに、このパターンであっても、食事量が増えた場合は、やせない場合もある。特に、スポーツの後の、ビールや食事などがそれにあたる。

 

あなたが、やせようとして行う運動は、どの運動に該当するだろうか。

たいていの人は、自称運動になっていないだろうか。

 

そして、あなたの食事は、どの食事に該当するだろうか。

よくよく考えたほうがいいと思う。

 

 

痩せる気がないのであれば、このことは、どうでもいいだろうけど、

痩せる気がないのであれば、何もする必要はないのではないだろうか。

 

コストについて

 

必要ない食事をするのは無駄なコストになる。

 

さらに都市部では特に、運動に対してコストがかかる。

 

2重の無駄なコストをかけることになる。

 

 

運動自体が好きな人の場合は、別なので、誤解なきように。

 

あくまで、これは、やせるためのバカバカしいコストの話。

 

 

この記事は、運動することを否定しているのではなく、やせるために運動することが、いかにくだらないことかの説明。

 

簡単にまとめると

 

食事を適量にすると、勝手に適正体重に落ち着いてくる。

 

ようするに、食べたくないのに食べるのをやめればいいだけ。

 

食べたくないのに食べるのは、慣習の影響がでているので、現実を直視したほうがいい。

 

運動はしたい人はすればいいだけ。

 

いつまでたっても、やせない人は、こんな状態

 

食べたくないのに、必要以上に食事をして、やっても意味がない自称運動をして、いつかはやせるという、妄想に浸っている状態。

 

さらに、これでは、やせないことは経験的に知っているはずなのに、なぜか、いつかはやせると思い込んでいる状態。

精神疾患の一種。

 

不思議なダイエット方法

 

世の中には、不思議なダイエット方法というのが、次から次へと出てくる。

 

たいていの人には、全く効果がなく終わる。

 

結果が出た人は、あくまで、結果的に、トータル摂取カロリーが適正値になっただけの場合がほとんどだと思う。

又は、体を壊して入院した結果、やせたとかじゃないだろうか。

 

これが、不思議なダイエット方法の現実。

 

つまり、これは、大多数の人にとっては、

不思議なことをすれば痩せるという妄想を買っている状態。

あくまで、「妄想」という商品を買っているだけ。

 

ただ、適正体重に落ち着く方法は上記の通りの為、現実的な対応は、たいして難しいことではない。

むしろ、不思議なダイエット方法のほうが、圧倒的に難易度は高いと思う。

 

さらに、極端に変な方法では、健康被害も出る可能性はある。

 

 

ここで、一つの不思議なダイエット方法を紹介する。

 

具体的な表現は避けます。

 

そのダイエットは、

肥満が多い南国の人が多く摂取して、

プロレスラーが体を大きくするために食べることもあり、

栄養成分的にも、糖質が非常に多い果物を食べるダイエット方法。

 

これに、なんか意味があるのだろうか。

 

一言でいえば「正気か!?」という話。

 

さらに、この不思議なダイエット方法のほうが、圧倒的に難しい。

おそらくは、常人では不可能だと思う。

それなら、簡単なダイエット方法でいいのではないだろうか。

 

 

痩せるという妄想というコンテンツを買っているだけなのであれば、人の勝手なのかもしれないけど、

それなら、そのようなコンテンツとして認識しておくべきなのではないだろうか。

 

ダイエットとストレス

 

上記にも書いたけど、ストレスについてもまとめる。

 

肥満の原因は、慣習と習慣以外にも、ストレスによるものがある。

 

自分に合っていない生き方をしている人は、どうしてもストレスを感じやすくなるため、肥満になりやすい。

なぜなら、肥満によって、いろいろなことからの逃避が可能だから。

 

つまり、自分に合った生き方に戻すことで、ストレスはなくなる。

 

自分に合った生き方に戻す方法は、現実を直視すること。

そして、思い出すこと。

なぜなら、自分に合った生き方ができないということは、普通に生きている限りは起きない。

なぜ、そのような生き方に変わってしまったのかというと、妄想に取りつかれてしまっているから。

つまり、現実を直視して、自分に合った生き方を思い出せば、どうなるだろうか。

意外と簡単に、このことは解決可能。

 

運動をしたところで、食事に問題がある限りは、体重は落ちない

 

体重が落ちるのは、食事を適量にした場合だけ。

 

食事を適量にすれば、何もしなくても、適正体重には、落ち着いてくる。

 

ライザップは、おそらくは、この辺の知識に詳しいと思う。

ただ、企業秘密なので、世間に公表することはないと思う。

体形管理の専門家にとっては、当たり前のことであっても、世間の人は、あまりわかっていないことは多い。

 

医師だって、運動だけで、健康体になれるとは言わないだろう。

普通は、食事を適切にすることを、求めてくると思う。

「運動さえすれば、食事はでたらめでOK!」などという、医師がいるだろうか。もしいたとしたら、新進気鋭すぎないだろうか。国家資格である医師が新進気鋭ではまずいと思うけど。

医師も、ことあるごとに、食事の話をしているはずなんだけど、そのことは、聞かなかったことにしていないだろうか。

医師の話は、一部の都合がいい部分だけではなく、全部を聞いたほうがいい。

 

不健康に不自然に痩せる場合

 

不健康に不自然に痩せる場合は、特殊な方法が必要になると思う。

 

ただ、その状態になることに、なんか意味があるのだろうか。

 

この選択肢は、大前提として、省かないといけないと思うけど。

 

慣習について、よくよく考えてみよう

 

慣習というのは、非科学的な状態に定義されただけの状態。

 

つまり、特に意味はない。

 

ただ、慣習に囚われている人は、慣習を続けることに意味を感じている状態。

つまり、慣習を続けることで、アイデンティティを保っている状態。

つまり、幻のアイデンティティ

 

つまり、幻のアイデンティティであり、慣習を続けることに価値も意味もないのだから、続けなくてもいいのではないだろうか。

 

幻のアイデンティティで、あなたの価値が高まることはないのだから。

意味がない。

 

そもそも、価値を高めなくても、普通に暮らせると思うのだけど。

 

幻のアイデンティティは、現実にはならないので、なくてもいいということ。

 

こんなことは、当たり前のことなんだけど。

 

そして、この「幻のアイデンティティ」に囚われている状態を、「慣習に囚われている」という。

つまり、慣習に囚われている人は、みっともない状態ということ。

そして、ただ単に、そのことに気づいていないから、何ともないだけ。

 

こういうのを、シュールな現実というのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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