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年齢の影響の話

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いろいろと、面白い現実に、気づくと思う。

 

 

若者の車離れ

 

これは、老人のIT離れと同じ意味。

 

つまり、自分の人生にとってどうでもいいことは、どうでもいいから。

 

このような言葉を使う人は、自分にとって必要なことは、他人にとっても必要だと誤解している、視野が狭く、狭量で、無知な人ということ。

さらに、自分と他人を客観視できていなく、自分の中に、絶対的な価値基準がない状態。つまり、「流されていることに気づけていない流されている人」。

 

「最近の若者は」というのも同じ。

 

老害」という言葉

 

実は、老害以外に、若害というのもある。

 

若害は、無責任、自分を客観的に見れていないとか、さまざま。

 

つまり、若害に気づいていない時点で、老害というのも、ある意味シュールな話でもある。

 

ようするに、

 

自己紹介みたいに、なっちゃっている。

 

自分勝手な人は、若害となり、年を取ると、自動的に老害となる。

老害と言う人と、言われる人は、同一人物ということ。

 

こういう人になりたくない人は

 

自己改善ができるかできないかが大きいと思う。

 

なぜなら、自己改善ができる人であれば、人生に対するフラストレーションが低くなる。

その結果、他人に対してのフラストレーションが低くなるから。

 

自己改善ができるということは、知見も高まるため「流されていることに気づけていない流されている人」になる可能性も下がっていく。

 

ピンとこない人にもう少し説明

 

自己改善ができない人とは、どのような人だろうか。

 

それは、原因が自分以外にあると思い込んでいる人のこと。

実は、原因というのは、たいていのことは自分自身にある。

このことは、気づけない人は気づけないものなんだけど。

 

つまり、自分自身を何とかしないといけない状態で、他人に原因があると思い込んでいて、存在していない原因を、永遠に探し続けている人になっている。

ずっと空回りしている状態。

 

恐ろしいかもしれないけど、これが現実。

 

そうなると、どうなるだろうか。

つまり、上記のような状態になると気付いただろうか。

 

これは、ホラーではなく、現実の話。

 

最後に注意事項となる話

 

自分を責める必要はないし、それは無駄な自己満足のようなもので無価値。

自分を責めることは、あくまで、自己満足であり、娯楽のようなものでしかない。

ゆえに無価値。

 

大事なことは、

 

「自分の中にある問題を発見できること」

 

これだけ、行えばいいだけ。

そうすれば、何をすればいいのかは、一瞬で気づくから。

 

これ以外では、何もよくはならないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

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画像提供元: Pixabay