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麻雀と相場の違い

 

 

麻雀と相場の違い

 

一言でいえば、麻雀には振り込みがあり、相場には振り込みがないこと。

 

 

相場だと、ロン牌をつかむことがないので、値動きだけ見れば何とかなるし、とにかく、相場の波に乗ればいいだけ。

 

麻雀だと、慣れるほど、他の人の捨て牌からロン牌を推測してしまうようになるし、それを避けるようになってしまう。

ただ、そういうやり方だと、流れに乗りにくい。

麻雀は、ロン牌を避けながら、流れにも乗らないといけないため、ジレンマに陥る。

例えば、流れがいい場合は、捨て牌をあまり考慮しないでやったほうが、いい結果になることすらある。

 

とにかく、捨て牌を読むことと、流れに乗ることのバランスが難しい。

 

これが、麻雀。

 

さらに、麻雀は、相場と違い、プロ雀士やライターくらいしか、お金にはならない。

そういう違いもある。

 

麻雀の流れ

 

麻雀をしたことがない人は、多分、ピンとこないと思うけど、麻雀には、なぜか流れがあるように感じることがある。

 

この、麻雀の流れを、できるだけ科学的に推測する。

 

実は、ランダムウォークというのは、人が思っているほど、完全なランダムな動きではない。

詳しくは、こちら参照。

 

zakkinoblog.hatenablog.com

 

これは、自分で実験した人じゃないと、納得できないと思うけど、現実のランダムは、人が頭で考えているランダムとは、違うみたい。

チャートパターンを知っている人は、自分で、上記の関連記事の実験すると、何とも言えない現実を確認することになると思う。

 

そして、流れとは、ランダムウォークに、確率の隔たりや偏りが発生している状態かもしれない。

 

これは、あくまで、仮説だけど。

 

麻雀の役と点数のアンバランス

 

麻雀の役には、確率に比べて点数が低い役と、確率に比べて点数が高い役がある。

 

だから、確率が高い割には、点数が高い役を重視するのは、地味に効果があると思う。

 

ただし、ここで気を付けないといけないことがある。

 

実は、麻雀は、役ごとのシンプルな確率だけでは測れない部分がある。

なぜなら、手代わりができる可能性が含まれてくるから。

手代わりができる可能性が高い手ほど、総合的には条件はよくなる。

なぜなら、手代わりができる可能性の分も、結果に影響を及ぼすから。

 

つまり、シンプルな役ごとの確率だけではなく、このように全体のバランスを見た条件で見ないといけないということ。

 

例えば、三色同順チャンタは、このような意味において条件が悪いと思う。

 

ただ、配牌の流れによっては、チャンタのほうがやりやすい場合もある。

だから、チャンタはとにかく悩ましい存在だと思う。

さらに、チャンタは、なかないと成立しない場合も多い。

そうなると、点がさらに下がり、リーチなどの面前役もなくなり、手代わりもできなくなり、さらに悩ましい存在となる。

 

それに比べて、リーチ、タンヤオピンフだと3飜になる。

さらに、この辺は、なかなくても何とかそろいやすい。

さらに、面前ツモ、一発がつけば、5飜になる。

さらに、裏ドラがのれば、さらに点数が上がる。

さらに、タンヤオピンフは、流れが悪いときは、どちらか、又は、両方をあきらめることも可能。

流れに乗って、結果的に、タンヤオピンフがつくのが、一番効率がいいし、流れ自体にも乗りやすいと思う。

さらに、流れがあるときは、ドラも自然と絡みやすいと思う。

 

結局、地味で効率的な手で上がって点数を稼ぎ、流れがすごくいいときには、混一色清一色、場合によっては役満をとるのが、一番、上手に流れに乗りやすい。

 

実は、こうやって上手く流れに乗ることで、相手次第では、東一局で、ハコテンにすることも、そこまで難しくもない。

 

そして、役満は、流れに乗らないとまず上がれないと思う。

なぜなら、思い切った、特殊な配牌になるため、防御に徹してしまうと、まず、そろわないから。

 

そして、三色同順や、チャンタは、結果的にそうなるくらいが丁度いい。

さらに言えば、上記の通り、タンヤオですら、結果的にそうなるくらいが丁度いい。

さらに言えば、ドラですら、結果的に含まれるくらいが丁度いい。

 

と思う。

 

どんなにいい手でも、上がれなかったり、他の人が上がってしまえば、意味はないので、こだわるよりも、流れに乗るほうが重要に思える。

流れを無視して上がりきるのは、難しいときは難しい。

 

 

そして、条件に比べて、点数が高すぎるのが、清一色だと思う。

ただし、防御に徹してくる相手ばかりの場合は、条件が悪いかもしれないけど。

清一色は、フリテンが面倒くさいけど、そこだけ上手にしのげれば、かなり都合がいい。

 

そして、リーチは、手代わりができない危険性はあるけど、防御を知っている人のことだけは降ろさせる効能もあるので、意外と有利かもしれない。

 

麻雀は、流れがないと勝てない

 

どんな上手な人であっても、流れないときは、ハコテンになることすらある。

具体的には、豊後無双とか。

 

とにかく、麻雀は流れがないときは、絶対に勝てない。

つまり、流れがないときは、徹底的に降りたほうが、まだましな結果になる。

つまり、流れがないときは、麻雀をしないのが、一番合理的でもある。

 

これが、麻雀。

 

それに比べて、相場は、

流れに乗るのではなく、流れがある銘柄を見つけて、それに乗っかればいい。

 

立ち位置が、麻雀と相場では違う。

麻雀は、銘柄の一つになるような状態となる。

 

ここも、麻雀と相場の違いの一つ。

 

麻雀が上手い人が、相場が上手いとは限らないだろうし、相場が上手い人が、麻雀が上手いとは限らないだろう。

もちろん、両方上手な人も、世の中にはいると思うけど。

 

ついでに、流れがないときの、麻雀の対処方法の説明

 

実は、流れがないときでも、要領よくやれば、2位くらいまではなんとかなれる。

 

流れがないときは、何をやっても、絶対にうまくいかないので、危ない感じがしたときは、そく降りる。

これが、大事。

 

そして、流れがないときであっても、一瞬だけ、いい手が来ることがある。

その時は、早上がりしてしまい、利益を確保する。

流れがないときは、上がりきることすら難しくなるので、早上がりしてしまうのがポイント。

そして、ここからがさらに重要なこと。

流れがないときは、いい手が来ても続かないので、早上がりの後は、すぐに切り替えて、また、降りるのを基本に考えておく。

 

このやり方を徹底することで、2位くらいまでなら、すんなりとなれることが多い。

 

さらに、流れがないときは、捨て牌を下手に読もうとすると、かえってロン牌を切ってしまうことが多くなる。

そのため、そのようなときは、捨て牌をへたに読もうとせずに、現物や合わせうちを徹底したほうがいい。

 

流れがないときと、七対子

 

流れがないときは、七対子が意外と相性がいい。

 

七対子だと、シンプルに牌ごとの確率だけになるため、見えている牌、つまり、捨て牌や、ないた牌から、多く出ている牌を、機械的に切ればよくなる。

 

そうなると、当然ながら、現物ばかりを切ることになるため、確率的に振り込みにくくなる。

 

さらに、七対子は、完全なランダムになるため、捨て牌から、中身を推測されることがないというメリットもある。

 

つまり、防御に関しては、鉄壁ともいえる。

 

このような、ベタな方法でも、地味に効果的だと思う。

 

地獄待ちを、リアルで行うような、のんきな人でもいない限り、まず問題はない。

地獄待ちは、漫画だから面白いのであって、リアルでやっても、ただの確率が低いやり方にしかならない。

ただ、本当にうまい人とやる場合に、地獄待ちで直取りとかも、あるのかもしれないけど、その場合も、普通に上がってしまえばいいのではないだろうか。

あまり意味がない。

あくまで、漫画だから面白いだけ。

 

降りるだけの麻雀

 

降りるだけの麻雀は、楽と言えば楽だし、不思議なカタルシスがある。

 

流れがないときは、逆に、徹底的に降りるのが、「流れに合わせる」という状態かもしれない。

 

何も考えたくないほど、手が悪いときは、降りるのが吉だと思う。

 

または、自分がなんとなく、流れに乗れないときも、同様だと思う。

流れに乗るのが億劫な時という表現が正しいかもしれない。

 

ただ、降りようと思っていた手が、意外と、スルスルとまとまるときもあるので、ちょっと難しい感覚ではあると思う。

 

捨て牌を読む

 

これは、できるようで地味に難しい。

プロですら、読み違えて、どうでもいいところで、振り込んでしまうのは日常茶飯事。

 

例えば、捨て牌から、一色に染めているように見えながら、どうでもいい役だったりすることは、よくあると思う。

 

残念ながら、麻雀には、沢山の役があるので、そうそう正確な判断はできない。

 

とにかく、麻雀には、沢山の役があるということ。

 

さらに、意図的にわかりにくくするように牌を切る人もいるだろうし、そうでない人でも、結果的に、たまたまわかりにくい捨て牌になることはよくある。

 

つまり、どうあがいても、確率的に、難しい。

周りで見ている限りは、相手の手が読めそうな錯覚を持つけど、実際にやると、妄想でした、ということが多いということ。

そして、それが、確率的に多い。

 

そして、科学的に考えると、捨て牌だけから、牌を当てるのは、情報量が少なすぎて、物理的に不可能。

捨て牌だけでは、情報は、全然足りてない。

全体を見通すために必要な情報が100だとしたら、せいぜい、10とか20くらいしかない。

 

相手の牌が透けるようにわかるというのは、あくまで、漫画の中の出来事であり、現実では不可能。

手の内が読めているという、妄想を育むのが関の山。

 

さらに、ある程度癖のある打ち手だったら、ある程度の傾向も予想がつくかもしれないけど、打ち方にこだわりがない人の場合は、まず判別できない。

 

せいぜいできることなんて、リーチ牌が、あふれ牌の可能性があるため、その周りが危険だったり、リーチの直前らへんの捨て牌が、比較的、危険な牌の近くである可能性が高い程度。

あくまで、可能性が高い程度しかわからない。

もちろん、その辺の牌が、全然関係なかったというのも、日常茶飯事だろう。

 

つまり、結局、安心できるのは、現物か、合わせうちしかない。

 

さらに、このように手を読むようになってしまうと、流れに乗りにくくなってしまう。

 

防御を覚えてから、麻雀の点が伸びにくくなった人も多いと思う。

 

それが、面白いと思う人もいるかもしれないけど、正直、若干煩わしいという気持ちもある。

 

たしか、プロの解説の人でも、論理的ではないことを口にしていたときがあったと思う。

ただ、素早く、リアルタイムに判定し続けないといけないから、これはしょうがないことだと思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像提供元: Pixabay