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相対的豊かさと、絶対的豊かさ。相対的な幸福と、絶対的な幸福。

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相対的豊かさと絶対的豊かさ

 

相対的豊かさ

 

他の人と比べた時に感じる豊かさのこと。

 

相対的豊かさで、幸福を感じることはまずない。

相対的豊かさで、アイデンティティを保っている状態の為、相対的豊かさを維持し続けなくてはいけなくなる。

相対的豊かさを維持し続けることができるだけの、高い能力がある人なら、ごまかし続けることができる。

そうじゃない場合は、永遠にフラストレーションに悩まされ続ける。

 

さらに、相対的豊かさとして見ている目標が、自分の望んだ形でない場合も多い。

その場合も、当然ながら、目標に到達したところで幸福にはなれない。

ただ、目標に到達しただけに過ぎない。

 

絶対的豊かさ

 

自分の基準で感じる豊かさのこと。

 

自分にとっての、最適な状態を目指しているだけ。

つまり、ゴールがあり、ゴールに到達すると幸福になれる。

 

そして、自分にとっての、最適な状態というのは、人それぞれ違う。

ただし、同じ部分もある。

なぜなら、物理的な利便性などは、たいていの人は同じだから。

「同じ部分もある」というのは、結構、重要なポイントになってくる。

 

絶対的豊かさだけが正しいのかと言えば、実はそうではない

 

世の中には、場合によっては、どうしても、相対的豊かさが必要な場面も多い。

どのような場面かは、今は気づいていない人も、そのうち気づくかもしれない。

 

だから、相対的豊かさというのも、否定はできない。

 

絶対的豊かさは、こんな感じ

 

ある程度の環境が整えば、人は快適に暮らせる。

その、快適に暮らせる状態までが、絶対的豊かさ。

 

その環境が、生まれつきある人もいれば、ない人もいる。

 

ない人は、苦しい状態で生きていかないといけないけど、そのような人でも、快適に暮らせる状態になれば、苦しい状態がなくなる。

その状態。

 

相対的な幸福と、絶対的な幸福

 

こっちは、相対的豊かさと絶対的豊かさとは、ちょっとだけニュアンスが異なる。

同じように感じるかもしれないけど、ちょっとだけ違う。

どこが違うかは、読めばわかると思う。

 

相対的な幸福は、他人と比較した時に感じる幸福。

絶対的な幸福は、自分が幸せと感じるだけの状態。

 

相対的な幸福というのは、いろいろ無理が大きい。

なぜなら、相対的な幸福というのは、実態が存在していないから。

 

ピンとこない人は、このように考えれば、このことに気づくかも

 

客観的にみたら、幸福な状態にいるように見える人がいたとする。

ただ、その人は、自分は不幸だと感じていた場合は、それは幸福だろうか。

実は、この状態は不幸であり、人生を無駄にしている状態に封印された状態。

 

逆に、

 

客観的にみたら、不幸な状態にいるように見える人がいたとする。

ただ、その人は、自分は幸福だと感じていた場合は、それは不幸だろうか。

実は、この状態は幸福であり、人生を無駄にしていない有意義に生きていられている状態。

 

もちろん、「相対的な幸福」というのは、「客観的にみたら」の部分。

 

上記の通り、相対的な幸福というのは、実体がない。

つまり、それを手に入れても幸福になれない。

 

絶対的な幸福というのは、実は、人それぞれ全然違う

 

とにかく、人によって違うことだけ知っていればいい。

 

世の中を客観的にみると、

あなたにとって不幸と思えるような状態の人が、幸福だったり、

逆に、あなたにとって幸福と思えるような状態の人が、不幸だったりすると思う。

 

つまり、そういうこと。

 

なぜ、違うのかというのには、簡単な理由があって、それは、

好みは人それぞれ違うから。

ただそれだけの話。

 

お金と世間体

 

まず、最初に、お金と世間体を否定しているわけではないので、それは誤解なきように。起点にするのがまずいだけ。

 

お金と世間体を起点に、不幸を選択をした場合どうなるだろうか。

お金と世間体がある間はごまかしがきくけど、お金と世間体がある間も幸福なわけではない。

ただ、お金と世間体というのは、いづれはなくなるものなので、なくなった後は、不幸だけが残る。

あとは、不幸な人生をごまかすために、強がり続けるだけの一生となる。

 

幸福を起点に選択をした場合はどうなるか。

お金と世間体が、なくても、幸福、あっても、幸福。

もし、最初は、お金と世間体がない場合は、

結果的に、一次的に、お金と世間体が手に入っても幸福のまま。

さらに、そのあとに、そのお金と世間体がなくなっても幸福のまま。

 

どっちの人生が、無駄で苦しい人生かわかると思う。

人間はロボットの様には生きられない。

なぜなら、人の好みは、人それぞれ違うから。

 

そして、幸福も不幸も、周りの人間を巻き込んでしまう。

だから、あなた一人の問題ですらないということ。

つまり、結果に対して、相応の責任が、強制的にもたらされているということでもある。

 

だったら、幸福のほうを選べばいいだけなのではないだろうか。

 

選択は自由なのだから。

 

絶対的な幸福が、まだ、しっくりこない人は、こちら

 

分かりやすい表現の一つはこんな感じ。

「自分にとって、幸せなことであればそれでいい。なぜなら、他人の人生を生きているわけではないから。」

 

人には適性というものがあって、幸福にも適性があるということ。

裏を返せば、人に何かを押し付けてはいけないということでもある。このことに気づいていない人は、早めに気づいたほうが無難な生き方ができる。

 

望んでいる幸福を拒絶して、望んでいない妄想を実現しようと努力している状態で生きていないだろうか。さらに、実は、望んでいない妄想を実現することは、本人だけではなく、だれも望んでいないことに気づいているだろうか。

このような、一種の、精神疾患のような状態で生きていないだろうか。正確には、精神疾患になるように努力を怠らない、精神疾患の患者だけど。

 

そのような生き方は全然しないでいいし、本当は誰も望んでいない。本当は誰も望んでいないということに気づけなくなるケースも多いのだけど。

 

とにかく、自分が望んでいる幸福で、本当は全然問題がないということは、知っておいたほうがいい。

ここまでわかりやすく説明しても、まだわからない人はわからないと思うけど。それが、精神疾患という状態ということ。

ただし、その精神疾患は直る可能性はある。

 

不幸を選ばないほうがいい理由

 

不幸な状態は、無理がある。

そのため、合理的にはならなくなる。

その結果、貧困状態に陥りやすい。

さらに、その状態から、抜け出せなくなりやすい。

だから、不幸を選択するのは、全くお勧めできない。

 

さらに、恐ろしいことは、他人も不幸にならないと許せないという精神状態になっていく。

つまり、それとなく加害者にもなっていくということ。

つまり、他人を不幸にするためだけに努力をするようになってしまうということ。

恐ろしいと思うけど、これが現実。

つまり、それ相応の責任が降りかかってくるということでもある。

「それ相応の責任」の部分が、わからなくなってしまうことは多い。

 

幸福にかかるコストに対する誤解

 

実は、幸福になるのには、コストは全然かからない。

このことは、気づけなくなってしまっている人も多い。

 

なぜ、コストがかからないのだろうか。

 

それは、あなたにとって価値があるものは、他の人にとって価値があるとは限らないから。

 

誰にとっても価値があることは、値段が吊り上がっていく。

ただ、あなたにとって価値があることが、他の人にとっては、本当はどうでもいいことであるならば、当然ながら、コストはかからないということ。

 

ただし、これは、絶対的な幸福の場合のみの話。

 

つまり、絶対的な幸福のほうがコスパがいい。

 

不幸なお金持ち

 

世の中には、不幸なお金持ちというのは、いっぱいいるみたいだけど、そうなる理由がわかったと思う。特にお金持ちの人は。

 

ようするに、不幸になる努力を怠らなかったから、というのが原因ということ。

 

 

絶対的な幸福を探す時に、相対的な視点が役に立つこともある

 

絶対的な幸福は、相対的な視点がないと、はっきりしないこともある。

ただ、この場合は、自分の中における相対的な視点が必要。

他人にとっての相対的な視点になると、相対的な幸福になってしまう。

 

分かりにくい人もいるかもしれないので、具体的に説明。

 

Aということと、Bということがある。

自分にとって、Aが幸福で、Bが不幸であれば、Aが自分にとっての絶対的な幸福だと把握しやすいということ。

この時に、

他人にとって、Aが不幸で、Bが幸福であったときに、Bが相対的な幸福となる。

 

 

相対的幸福をゼロだと思っているかもしれないけど、

 

相対的幸福が、偶然、自分の適性にあった幸福、つまり、絶対的幸福と同じ場合は、プラスになる。ただし、このパターンは、あまりないと思うけど。

 

相対的幸福が、偶然、自分の適性にあった幸福ではなく、他人の適性にあった幸福だった場合は、ゼロではなく、マイナスになる。

 

つまり、幸福は、ゼロではなく、プラスかマイナスになる。

 

そして、マイナスとは、不幸のこと。

この辺の詳細は、おいおい解説していく予定。

その辺の解説で、何となく、察していけると思うし、不幸を選択することの、怖さもわかると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像提供元: PAKUTASO/ぱくたそ